両手を広げて

AC回復を目指し、自分らしさを取り戻していく

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日常のふとした中に

昨日、あなここの個別セッションをスカイプで受けました。
まだ慣れていなく、開始時間5分くらい前からドキドキです。

思ったことをその通りに伝えられるかどうか
嘘つきさんにならないだろうか

そんな事を考えてしまいます。
スタートすればそんなこと忘れてしまうのだから、不要なドキドキなんだなぁということに、こうやって書いていると気付けるのですが、たぶん次回も同じでしょう。

日常会話から始まるので、今になると何の緊張?と笑えてきます。

こしたんはいい子だとおもうよ~

いえっ悪い子です

こんなやりとりが続き、その中で次第に気がついてきます。
自分が、なにをもって「いい子」「悪い子」の基準をつけているか。
また、どういう子が悪い子なのかと聞かれれば答えられないのに、自分の事は自信を持って「悪い子です」と言い切る矛盾さ。


丸一日経った今、頭の中に

こしたんはいい子だと思うよ~

この言葉が頭の中で響いています。

そんな事はないと言い聞かせてたけど
もしかしたら、私はうれしかったのかな?
だから、まだ頭に残ってるのかな?

いい子かどうかは別として、私ってそんなに悪い子じゃないのかも…なんて今 思いながらこれを打ち込んでいます。

ここまで自分を見てもらいながらも、まだどうなんだろうか?と思っている疑り深い私がいます。
怪しんでいるわけじゃないし、納得しているからセッションを申し込んだんだけど
人をすぐに信用できないことが当たり前になっていて、いまだに心を開ききれていないようです。

本当は、もっと話を聞いてもらいたい
セッションのあいだは私を見つめてもらいたい
顔色を伺わず、思ったことを率直に言ってみたい

でもできない。
やってみないと分からないのに。
やる前から決め付けている。

行動する前から、はねつけられて傷つくことまで想定しています。

でも私、自分を変えたいんだよね
今のままじゃいろんなことをする自分にOKが出せないまま
いつか自分にOKを出している私に出会える日がくるのでしょうか

そんな私に出会ってみたいです。

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[ 2013/02/27 21:34 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

気分が悪いです

気分が悪い理由は自分で作りました。

次女がなかなか起きてきませんでした。
塾は15:30から。
ということは15:15分には家をでなくては時間までに到着しません。

14:00くらいからイライラしだした私ですが、15:00過ぎにはますますひどくなりました。
部屋をあけて声をかけました。

行かないようならもう電話をしないといけないから、どうしようか

娘が反対側を向いて眠っていたことが救いです。
そのときの私の顔は見れたもんじゃなかったと思います。
声はおだやかでも、きっと般若のようだったでしょう。


その後、小学生の息子が帰ってきたことでリビングが賑やかになり、物音で娘も起きだしてきました。
急に娘はおしゃべりをし始めます。
ひとりでペラペラ話し始めました。

今日は自習日だから行かなくてもいいし
家にいてやっても構わないと思う
どこでやっても変わらない
問題用紙は持っている


以前の私だったら「言い訳」をしているとなじったでしょう。
今日は、そうは思えませんでした。
私が怒ることを先読みして、この子なりに一生懸命私が怒らないようにしようとしている。
そこまで私がさせてしまっている…。


やるせなくなります。
さっきまで娘にイライラしていたのに、瞬時に今度は自分にイライラ。
娘からしてみたらイライラの矛先は関係なく、ただ私が不機嫌に見えているだけ。

頭では分かっていても、抑えられない。
感情が入っていない冷淡な言い方で


いいんじゃないの、自分がよければ。


うわっ思わず言ってしまったあと、すぐ後悔。
でも、発した言葉はもう娘に聞こえてしまっています。

トイレから帰ってきた娘が


やっぱり行く~


明るく言ってきました。
本当に行きたくなったのかもしれません。
私に行かされた感で言いだしたのかもしれません。


今までだってこんなことはたくさんありました。
私が誘導して彼女から答えを引き出させることはいつものことだったので、今さら自己嫌悪に陥るのもわざとらしいと思う私がいます。

以前は、誘導させていることも私自身分かっていませんでした。
子供は親の言うことを聞くのが当たり前。
当たり前過ぎて疑問にも思いませんでした。

疑問と思えることだけが以前と違うところ。
それ以外は変わっていません。
口調がやさしくなったって、心の中では違うことを考えていたら子供にはその邪心が伝わっているような気がします。


邪心ではないかもしれませんが、私が思っていることは読み取られているようです。

学校に行っていないんだから、せめて塾ぐらいは行ってよ
受験日まであとひと月もないんだよ
塾だってただじゃないんだよ


高校に合格できたところで、それがゴールではないことはわかっています。
入学してからだってそれは同じだと思っています。

思っていても、思っているだけなら誰でもできる。
無理に思考は変えられないし、変えようとすればするほどドツボにはまるけど、それでも今の可動域くらいは広げるようにしてみたいと思っています。
ゆるみを作って、どちらに転んでも起き上がれるようなちょっとした可動域。
ないよりはあったほうがいいなという気持ちを持っていようと思います。

[ 2013/02/21 16:22 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

ブログが書けない

ブログが書けません。

書きたいことはあります。
実際、毎日PCの画面に向かって記事を打ち込んでいます。
そのあと、UPせずに記事を消してしまいます。

毎日この繰り返しです。


私は、記事を読まれて自分の考えを知られることを恐れています。

きんたろうさんに
りんりんさんに
あなここのみなさんに

そう思っています。


このことは、ブログに以外のことにもあてはまります。
実生活で誰かと親しくなりかけた時、親密になるのが怖くて、自分を知られることが怖くて、自分から遠ざかってしまったことは1度きりではありません。

自分の考えがおかしいのではないだろうか。
誰もそんなこと言っていないのだから、そんなことは考えなくていいのです。
そうと分かっていても、納得できずにいる私がいます。


みなさんが、私のブログを読んで

こんなこと言っているよ
あんなこと言っているよ
なんにもわかってないのにね(笑)

と、一人で妄想が出来上がります。


その上、

そんなこと思ってないよ
心配ないよ

と、言ってもらいたい私がいます。


ここまで考えてしまっています。


今日、この記事を書いたのは、そう思っている自分を表現しておこうと思ったからです。そうすれば、現状の自分を認められるような気がしたからです。認められなくてもいいです。

できればUPしたいです。

保存ボタンを押せますように…

[ 2013/02/19 12:29 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

とめられない涙

今日、初めての個別セッションを受けました。
なかなかスカイプがつながらず、焦っている私の心理状態がそのまま電波状態に反映しているようでした。

トリプルセッションの時ほどの緊張感はなく、それプラス りんりんさんのやわらかい口調に包まれ、気がゆるんだのか、涙があふれでてしまいました。
何かを言われたわけでもなく、勝手に私が泣いていたような感じです。
もしかしたら理由があるのかもしれませんが覚えていません。本当はもっと声をだして泣きたいくらいだったのですが、隣の部屋に子供がいたので自制しました。

私は確か泣いた事に対して謝ったような言葉をいいました。

泣いてもいいんだよ

と りんりんさんに言われて
そうだ、誰にも泣くなとは言われてないんだ…と思いなおしたのです。

私が泣いてはいけないと判断していたこと。
セッションでりんりんさんを困らせてはいけないと決めつけていたからです。

それは返事をする言葉にもあらわれていました。

はい

そればかりの返事。
キレのいい、お行儀のよい返事。

うん

が言えない私。
りんりんさんに うん でいいよと言われてもなかなか言えない。

たかが二文字なのに。
眉間にシワをよせて、息をすって、勢いつけて

うん

やっといえる。
やっと言えたのに、
私、一生懸命頑張ってますというのを悟られたくないのです。

別にいいのに。
他の人がこういうことをしていたら
なんて面倒くさいヤツ、と思う私でしょう。

健全な人からすると、どうでもいい事にこだわるACの壁の壊し方が分かりません。
もしかしたら、「勇気」は壁を壊す手段になるのでしょうか。
次回、勇気が持てたら勇気をだしてみようかな。

[ 2013/02/13 18:07 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

ブログを通して見る自分

せっかくの休みだというのに、調子が悪く布団でごろごろしながら携帯をいじってました。
自分のアメブロの過去記事を最初から読んでみました。

恥ずかしい
走って逃げたい
ブログを削除したい


そんな気持ちでいっぱいです。
余計に調子が悪くなりそうです。

私はすぐに人と比較をしてしまう治したいクセがあります。
自分が下だと思えば劣等感にさいなまれ、上だと思えば相手をみくだすという、こうやって文字に表してみると、すごい嫌な人間だと思いしらされる感じです。

ブログを読んで評価するのも私。
ブログを読まれて、バカにされたと思い込んでるのも私。
自分が自分を裁いているようなものです。
そりゃ、逃げたくもなりますよね。

ということは…
裁かなければ逃げなくてもいいわけで、
逃げなくてよければ楽なわけです。

だいたい比べる事になんのメリットがあるんだかわかりません。
比べて、自分が上だと感じたときは安心でもしたいのでしょうか。
打ち込みながら、以外にそうかもしれないと思いました。

そう、私は安心がほしかったのでしょう。
私の生活にはあまり縁のなかった「安心」を求めていたのかもしれません。
逆に自分を下におき、劣等感を持つことで真逆の「安心」の繭の中に入り込む。居心地のいい定位置。

自分のいいぶんは自分がいちばんよく分かります。
分かったところで、私はどうしたいのか?
健全な思考ではないと思うようになってきています。

比較することなんて意味ないよ、といつかブログで記事をUPする日がくるかもしれません。
その時には、きっと今日のこの記事を読んだら走って逃げたくなるかもしれません 笑

[ 2013/02/11 01:20 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

初めてのトリプルセッション

緊張していました。
何を聞かれるんだろう。
聞かれたことに対して答えることができるかな。

すでに不安要素で頭の中がいっぱいでした。
始まってしまうとどうってことないのは、セッションに限らず私の場合はいろいろな場面であります。

食べ物の話から醤油を小皿に出す量でACが分かるという話を聞きました。
その日の夕方、同じシチュエーションがあったのでドキリでした。

チキンナゲット子供たちが食べていたんですが、長女がケチャップを小皿にいれて欲しいと言ってきました。
私は、私の感覚でケチャップをぶじゅっと出しました。
この時、このナゲットの数ならケチャップはこのくらいでいいだろうと食べ終わるときのことを想定した量をだしました。


もっと!

ぶじゅっ

もっと!

ぶじゅっ

もっと!

え~ ケチャップが残っちゃうよ

そんなことないから!


というようなやりとりがあったばかりだったのです。
参りました…。

意識していませんでしたが、私はいつも子供たちが調味料を使う量を目でチェックしていました。
醤油・ケチャップ・塩コショー・一味・味の素…。

そんな中、マヨネーズだけはいいんです。どれだけ出してもいいんです。
それどころか、私がみんなのうつわにマヨネーズをかけすぎて子供たちに「かけすぎ!」と言われるくらい。

伯母のうちに住むようになって始めてマヨネーズを見て、びっくりしたことをセッションで思い出しました。
サラダにマヨネーズをかけるのか!!
ってそれって驚くことでもないんですけどね^^
セッション中は、それまではサラダに何もかけないで食べていたという記憶しか出てきませんでしたが、時折 塩を振ってもらってかけていたことも思い出せました。

そういえば、先日サラダが食卓にあったときに娘が言いました。


あ~ ドレッシングかけ過ぎちゃった
どうしよう。あ、その分レタスをたせばいいか、ね お母さん


深い意味はなかったのかもしれません。
純粋に味が濃くなるのが嫌だったのかもしれません。

そうかもしれませんが

お母さんの目線を意識していたから出た言葉かもしれません。
たぶん、こちらの方の気持ちが強いかと思っています。


怖いです。
自分が怖いです。


子供たちに対する自己嫌悪が出てきた時に、どのように自分で受け入れていくのかが、まだ自分でわかっていません。
事実として受け止めようとするとそれに自己嫌悪がおまけでくっついてきてしまいます。
そして、自分をさげすむ方向に思考がいってしまうのです。
それは自分を守っているというか逃げていることなのだろうと、なんとなく気づいているのですが、その先がまだ出てきません。

セッションでは、過去を思い出しながらも自分の心の向き方をどのように変えていくかも少しずつ学び、実践していきたいです。
[ 2013/02/09 09:57 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

ブログという媒体

昨年の秋から他でACのブログを書き始めていました。アメブロです。
FC2で新たに作成することにはとくに抵抗はありませんでした。
自分は、文章で思いを表現することは得意なんだ、と思っていましたから。
ここ数日でその思いは覆されています。

自分の思いをなるべく近い表現で文字で伝えること、これがなかなかできません。
書いては消しての繰り返しです。
やわらかい・丁寧なイメージがいいなと思い敬体でかきはじめましたが、これに今悩まされています。
今の私の文章力では小学生の作文のようです。
大人の女性が書くようなインテリジェンスな匂いは感じられません。

何故、アメブロではそのような事を思わなかったのか、振り返ってみると やはり一方通行のブログだったからです。
自分の思いを吐き出すためだけのブログでした。
ブログってそういうものだから…という考えもあると思います。それもブログの手法のひとつです。
私は大切な事を気付かずにいたようです。
ブログの向こう側に読み手の方がいてくれる事を考えていなかったのです。

FC2で書き始めて、ブログを見てくれる方がいるかもしれないと思うようになって、初めてその事を意識するようになりました。
気付かなければ、それはそれで思い悩む事もなく楽でいられたと思います。
楽ですけど、成長しないということでもあります。
書いて書いて、たくさん書いて、いつか表現力豊かな文章を書けれるようにしていきたいです。

相手に思いを伝えるということは、口頭であれ文章であれ簡単ではないのだなぁと、つくづく感じています。
[ 2013/02/07 23:25 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

変化をつけて

アメブロでは、文体を常体で表現しています。
「である調」っていうやつですね。

こちらのブログでは、見たらお分かりの通り敬体で書きはじめました。
「です・ます調」です。

書き始めると、不思議なことに
自分が上品になった気になります。ふふっ(*≧m≦*)

ジャイアンのお母さんからスネ夫のママになったみたい。
ゆっくりと落ち着けてかけるようになりました。

常体には常体の良さがあるのでアメブロの方では引き続き表現を変えずに綴っていくつもりです。
セッションを終えた直後の吐き出したい気持ちがある時、思ったことを誰かに強く伝えたい時は、常体での表現の方が伝わりやすいような気がします。

落ち着いて自分を見つめ直したい時、掘り下げたい時は、ひとつひとつ言葉を選びながらこちらのブログで記事にしていきたいなあと思っています。

それでは、ごきげんよう(´∀`*)
[ 2013/02/03 10:17 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

やってしまった…

さっき、息子にイラっとした口調で対応してしまいました。
その後、本人の態度から私の顔色をうかがっているのが伝わります。

う~

こんなことは、いちいち書かなくてもいいやって前は思ってました。今でもそういう気持ちはあります。
きっと今までと同じように書かないでいると、同じことをくりかえしそうな気がします。
自分が後で読みなおせるようにしていくかもしれません。(しないかもしれません)


えっと、どうしてそうなったんだっけ?
そうだ、PC用のヘッドホンマイクのイヤーカバーが外れてたんだ。ホワホワしたのが気持ちよくって触ってたんだな、きっと。

それでまずムカッときて

「使ったの?」
って聞いたら振り向いて、瞬時に私が手に持っているイヤーカバーを見たその後に

「ううん」って、ちょっと…さっき堂々とはめてたじゃん!!
で、またムカッとして。

そこでインターホンがなって郵便局の人が来て、頭がボサボサだったから(昼寝してたw)
「ちょっと出てくれる、お母さん変な髪型で出れないよ」って言ったら

「は?なんでオレが!」
で、ムッカー MAXになってしまった。


急に静かになった息子、静かになったんじゃなくて静かにさせられたんだよね…私にorz

その後、友達が遊びに来て二人で太鼓の達人をやってげらげら笑って遊んでいます。
何事もなかったように楽しそうにしています。

楽しそうに見える表面の奥には私が八つ当たりしたことの記憶は残っているんだと、今は思ってしまいます。
そう思えることがいいことなのか、悪いことなのか、またはそうやって分けることに意味があるのかさえも分かっていません。

穴倉の中にはいっていたい…そんな気持ちになっています。
[ 2013/02/02 15:52 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

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