両手を広げて

AC回復を目指し、自分らしさを取り戻していく

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八方美人

ブログというものを始めてから半年近く経ちます
先日、ブログを通して嫌になった事が立て続けに2件ほどありました

今にして思えば、セッションでりんりんさんは2件とも、きんたろうさんは1件、それぞれ 今の状態はどうなの?的なことをいってくださったにもかかわらず、自ら私はコトをおこしてしまいました
あんなにヒントをだしてくれていたのに「馬耳東風」の私でした

どちらも私のACの特徴ともいえる思考からおきたと思っています


嫌われたくない
誰にでもいい顔をしていたい
境界線を踏み込んでくる人を拒まない


これが、コメント欄に もろ出ていたのです
誰に対しても(良く言えば)真摯な返信をする
それは、気にいられたいという意識もなく、当たり前のように自然にやっていました

なので、なぜセッションで突っ込まれるのか分からず???の状態でした


そして土足で家の中に はいってくる読者さんにある日、我慢の限界がきて爆発!

あらかじめ境界線があればこんな事にはならなかったと気付いたのは、爆発の後でした
ここでやっと、お二人の言って下さったことが腑におちた感じです

私には境界線の線引き部分が分かりません
これから分かっていけばいいと思っているのですが、そもそも今まで境界線すら分かっていなかったのだから、いくらヒントをもらっても気付かなかったのでしょう

気付きついでに、ふと思い出したくないけど、思い出してしまったこと
元夫に良く言われたことです


お前は、八方美人だ
来る者拒まず、去る者追わず
偽善者だ
子供を取り込んでいる


当時、言われた時は

何を言っているんだコイツは


としか思いませんでしたが、言われるような行動を実際、私はしていたのでしょう


「八方美人」は、こしたんの不快ワードやね


セッションでそうまで言われても、まだ???な私です
心の深いところで不快と思っていても、それが表面で感じられていないそうです


今回のことは、正直かなりヘコみました
自分のおろかさを何十年もの間、放置していたのかと自虐にもなりました

とはいえ、良かった部分もあります
経験しなければ、いくらお二人がヒントをだしてくれていても気づかなかったのだろうから、経験できたことに ある意味感謝です

ACブログを書くということは、自分がACであることを意識しながらでないと、どツボにはまっていくのではないか…と今更ながら思いました

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[ 2013/03/28 20:05 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

捨て犬

今、志村どうぶつ園という番組をみていました
心を閉ざした2匹のワンコをベッキーが引き取るという企画です
静岡県の施設に保護されているきょうだいのワンコたち

ワンコたちは怯えるというよりも固まっていました
動かないのです
眼球すら動きません
もちろん人間と目が合うことはありません

オヤツを置いて、遠く離れたところから様子を見ます
ワンコたちは微動だにしません


君たちこのままじゃ何も変わらないと思う


独り言をいうベッキー

それは私に向かっていわれたかのようでした
そしてワンコたちは私にかぶりました
他人を信用することが出来ない私


私は、こんなに怯えていたんだ
こんなにオドオドしていたんだ
誰かが優しく手を差し伸べてくれても、このワンコのように手が見えなかったふりをしていたんだ

愛がないってこういう事なんだ
心の中のほとんが疑心でいっぱいになってしまっている
そこに愛がはいれる隙間はない
隙間が必要なんだ

愛を知らないから、人と関わろうとする気もない、仕方も分からない
でもそのままじゃ、ベッキーが言うように何も変わらないんだ

隙間を作るために、人と関わってみようかと思います
ワンコたちにも人のあたたかさが伝わることを願っています
人間って、それほど悪くないんじゃないかと思うし
そして、それは私にも言えることなんだと 深くかみしめました


[ 2013/03/23 21:22 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

虚勢

唐突ですが



私は、多勢の人前で発表することが得意であり、好きでもあると思っていました

最近は、なんか違うんじやないか、勘違いなんじゃないか と セッションを重ねるごとに考えが変わってきています


何故、好きだと思っていたのか

気持ちが良いからです
注目されることの快感
発表し終えたあとの達成感
それはそれはたまらなく心地いいのです

このことは
結果を人に賞賛されるかどうかは関係なく、自己満足で終わります
それ以前に、私は失敗するはずがない という意気込みで臨んでいる感じです


今月にはいってからのセッションで、りんりんさんに言われました


落ち込んでいるような感じ
怯えているみたい


えっそうかなぁ、と何でかな?
なれて来て「素」が出せ始めて来てるつもりなだけに疑問


いえいえ、疑問なんてウソです
本当は分かってます

素を出し始められているのは、その通りなんじゃないかと思います
楽なんですから(少しずつですけど)

虚勢をはる必要が感じられなくなってきていました
なのでテンションもさがり、良くも悪くも初回の頃よりはトーンがおちています
それで落ち込んでいるようにみられたんだろうか…そんな風にも思いました

私は、初めて知り合う人に虚勢をはる癖があります
それすらも自分で分かっていませんでした
大人になってからの癖なので、人見知りを悟られたくない思いからこうなったのでしょう

それを読み取られる事の不安が無意識にでていて、りんりんさんはそのように言われたのかもしれません

虚勢をはるのは、人見知りをしている自分を認めたくない気持ちがあったからです
初回のお試しセッションでは、虚勢をはりまくっていた事を思い出します
そして私自身はその事にまっっったく気付いていませんでした

冒頭で書いた 人前での発表の件も、よーく考えるとただの虚勢からきているものじゃないかと思うのです

自分を強く見せたい
強く立派な私を見て欲しい
私はやり遂げることができる

そんな思いからきているようです
そして、それは本当は 母親に対しての思いのような気がします
お母さんに認めてもらいたい、そんな私の欲求からの行動じゃないかと思います

人前に出ることは、理由はどうあれ これからも自分の特技と受け止めていこう
否定することもないので、そんな風にしていこうと思います


[ 2013/03/17 00:28 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

調子に乗る

私の不快ワードらしいです

らしい

と表現したのは、あまり自覚がないからです
自覚がないとは言え、そのセッションの日から


調子に乗る


この言葉を安易にしゃべれなくなってしまいました


2回ほど前のセッションなので、どういう流れでその言葉が出てきたのか忘れてしまいました
きっと浮き足立った状態でうぬぼれたくない的なことを話していたのだと思います


調子に乗る、調子に乗る

夜、ご飯の支度している時もその言葉は頭に張り付いていました

リビングで長女が弟に言っていました


おまえ、調子にのるんじゃないよ


リモコンを持って、チャンネルをバシバシ変えていた弟に向かってその言葉を投げかけていました
ん?と思いましたが、調理中で火から離れられなく、そのまま流しました

夜、その弟(息子)を寝かしつけてる時に、二人でベッドで話をしました
たわいもない話です


アイツ、調子に乗ってウザい


おねえちゃんに小言をいわれたのが嫌だったようで、私に言ってきました


ねえ、「調子に乗る」ってどういうことを言うの?


ふざけてる時に使う


おねえちゃんがふざけてるって思ったの?


そう


うーん、「調子に乗る」って言ったことを調子に乗っていると思ったのか…
きっと、私がそういう意味で日常で使っていたんだろうなと思いましたがその話はそれでおしまいにしました

翌日、次女が言いました


お母さん、私さー明日学校に行きたいけど、突然行事のある時だけ来るなんて、調子に乗っているって言う人がいるかもしれないからどうしようかなと思ってる


!!!
ここでも「調子に乗る」が出てきた
丸一日で、家族全員がこの言葉を使っていました

使ってはいけないとは思いませんが、この言葉に私がとらわれているんだろうと思わざるを得ませんでした

日数が経ち、そのことも忘れかけていましたが、土日を挟み、また子供たちがこの言葉を使っていることが耳についてしまいました

調子が良いからそれに乗るという言葉がつながり、いい意味でもあるわけで、それなのに私の価値観

調子に乗る=浮き足立っている、うぬぼれている

を無意識に押し付けていたようです
しかも、子供達は「ウザい」とか「キモい」みたいに、あまり意味もなく吐き捨てるときに使う言葉のようにつかっているようです

だから、どうこうということもないですが、自分の言葉の癖を見つめることができたとは思っています
この他にも、こういう感じで何気なく使っている言葉は他にもあるのでしょう

セッションを受けるたびにそう言う言葉が出てきそうです
それがコワいようでもあり、楽しみでもあります


[ 2013/03/13 16:50 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

野球とサッカー

おとといは、りんりんさんと同期のEちゃんとのトリプルセッションでした。

思いもがけずサッカーの話題で盛り上がりました。
話の中で、どうやら私はサッカーが好きではない事が判明しました。

自分の思考は両極端なのに


好きか?嫌いか?


と、選択を迫られると決めれません。
決断が出来ず、曖昧にしておきたいのです。
些細なことでも自分で決めると責任を負うことに対しての動揺が出てきます。

その時は、どちらかといえば野球が好き…くらいの話で終わりましたが、夜にご飯の支度をしながら野球に関することをだんだんおもいだしてきました。

今ではプロ野球ニュースもろくに見ませんが、そういえば、夏休みは高校野球をよく見ていました。
PLの桑田と清原、格好良かったなぁ~。セブンティーンに特集記事が載っていて、格好いい男の子をチェックしたりしてました。

もっともっと遠い昔、小学生の兄ちゃんが野球にいく姿がうかんできました。
練習着を着てバットを肩に乗せ、先にはグローブがかかっています。
見上げた視線の先に、キャップをかぶった兄ちゃんがいます。
ああ、そうだ。
お父さんも仕事仲間と野球をやっていたことを思い出しました。

なんだ、私ったら野球大好きじゃん


大人になって、その兄が亡くなりアパートの荷物の片付けに行った時、玄関脇にその野球バットが立てかけてありました。
木はささくれ、塗料は剥げ、持ち上げると脆くなっている部分から木がはがれ落ちます。
私たちきょうだいは、何度も引っ越しを繰り返していました。兄はその度に、このバットを思い出と共に引っ越し先に持っていったのか…と本人が居なくなってから知りました。
その事自体もすっかり忘れてました。
慌しく葬儀を進め、棺にいれてあげたかどうかも覚えていませんが、兄の大切な良い思い出に私も同じように感じていたことをうれしく思います。

あっ
今、あたまに浮かんだのですか、野球を好きと言えない理由らしきことがありました。
元夫が甲子園球児だったんですが、なぜかそれに対してあまりいい思い出がなかったのです。
義両親家にいくと、息子(元夫)の出来の良さから始まり、あなた(私)は優れた男と結婚したんだぞ…とお酒を飲みながら自慢話が数時間続いていました。
いや~すっかり忘れてました。

野球を好きと言えないのは、私の密かな抵抗だったかもしれません。
いや、抵抗だったと…断言できます。


[ 2013/03/09 13:53 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

先手を打つ

先日のりんりんさんとの個別セッションで、そう言われました。


先手を打っているね


その時話していた事だけでなく、多くの事に思い当たります。
将棋や碁と同じ。
先、その先まで読んで、物事がスムーズに行くであろう方向に持っていくため、先手を打つ。

行動に対しては計画的に進められるメリットがあります。
人の心はどうなんでしょうか。それぞれ考えは違いますから、未来はひとつではありません。

大人になるまでの私は何事においても後手後手の対応をしていました。

そうせざるを得ない時まで動き出せない。動き出そうとしない。
学校の図書室の本は期限内に返したことはなかったです。
小学生時代は宿題を出した記憶がありません。学校に何をしに行っていたのでしょう。(遊びです)

伯母の家に引っ越して生まれて初めての中間テスト。
ことの重大性をまったくわかってなく、確か私の順位は300人ちょっとの人数で300番台でした。

ここまできて、やっと勉強をしようと思い立ちました。
そうか!だからみんな勉強をしていたのかと。

勉強をしなさいと言う親がいなかったから、自分で気付けたということもありますが、それよりも誰も気にかけてくれない寂しさの方が強かったような気がします。

また、高校生になってアルバイトを始め、少しずつ物事を計画立ててやっていくようになっていきました。

いつしか、大人になった私は先手を打って物事を考えるようになっていました。
仕事がそれに拍車をかけました。


先手を打つことは、悪いことじゃない


りんりんさんは、そうおっしゃってくれました。
確かにそうなのですが、先手を打って物事が予定通りに進まなかった時はどうだったんだろうかと思い返してみました。
ストレスが溜まっていたことに今の今になって気付きました。

自分で列車のレールを敷く。
レールが直線のあいだはスムーズに進んでいきます。

レールに石が置いてあったら?
脱線したら?
急停止したら?

こういうことか…

子育てのストレスを自分が発生させていました。
自分が敷いたレールに自分で石を置いていました。
自分で自分を苦しめていました。

不登校もそうなのだと思います。
私が不登校になる要因を作っておきながら、なぜ?と思っていました。
今、ひとづづつレールの上の石をどかしているところです。
これが重くて中々どかせられなく、慌てると自分の足に落としてしまうような恐さがあり、慎重に移動させているような感じです。

書き直します。
まだ石はどかせていません。
石をやっと発見したくらいかと思います。


先手を打つ


今まで、いい意味で捉えていましたが、多面体のように言葉にもいろいろな捉え方があるということを感じました。

[ 2013/03/08 11:09 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

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