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両手を広げて

AC回復を目指し、自分らしさを取り戻していく

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されてきた事としていた事

子どもに対して没頭型のうっとりになる


メンバーさんのうっとり相関図を見ながら
からかわれたり、馬鹿にされた蓄積があったのか
考えてみた


出てきたのは
小さい頃に外見の事をよく言われていたこと
言っているのは私の嫌いな親戚夫婦

自分の娘と比べて
色が黒い
鼻がでかい
眉毛が太い

自分の娘は
色が白い
鼻筋が通っている
眉毛がきれい

私が何かすると
ゴボウが何かやってるよ とか
ドテチンがこんなことしてるよ
って言ってた

母親も一緒になって笑ってる
指をさして笑ってる


私、何とも思わず
言い返したり、泣いたり怒ったりもしてない

下向いてただけ

今でも醜態恐怖っぽいところがあるのは
ここからなのか

鏡きらい、写真きらい




私、娘たちが小さい頃に
着飾らせてつれて歩いてた

周りの人に「かわいいね」と
いわれると、めっちゃうれしかった

謙虚もせずに「そうでしょ~」って言ってた


子どもを使って、自分を満たしてた


長女が小学生の時に
私の仕事場に遊びに来てた時のこと

ホテルで働いてたんだけど、娘が
厨房の方に走っていった時に洗い場の
足元がぬれていて後ろにひっくり返って
転んだ

2~3人駆け寄ってきてくれて
娘は起こしてもらった

私は事務所から遠巻きに見て笑ってた
起き上がった娘は、私の元に走ってきて
何で笑うの!と怒ってきた

私、母親と同じ事をしていた
その時、娘の失態を「面白い事」として私は見ていた

ごめんねとあやまったけど
笑った事が悪いと思ってあやまってない
娘の怒りをストップさせたくて
あやまっただけだ

うっとりを見つけようとすると
長女にしてきたことが出てくる

できれば見たくない
でも私がしてきたことであって
見ようとしないのは、うっとりに逃げ込むこと





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[ 2013/12/29 11:27 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

罪悪感

表面上は、普通の女子高生のように見えてきて
私は、自分がしでかした事のひどさを忘れかけてきている

今日、長女を耳鼻科に連れて行った
耳鳴りがひどいというので、もしや突発性難聴では
という不安がよぎった

長女は、たまたま耳に不調がでた
次女は、不登校の前は抜毛癖がひどかった
長男は半年ほど前、夜驚症の症状がでていた

これって、私がぐるぐるに入った時に
唸ってしまうのと変わらないように思う

最近はみんな、そういった症状がでていなかったし
自分自身の事にばかり向いてしまっていて
子どもをまったく見ていようとしていなかった

私がこんな状態なのに、娘が良くなんてなるわけないのに
学校に行っているだけで「前よりは良い」とたかをくくっていた

思春期にはいってから長女を
散々ひっぱたいたし怒号を浴びせた

小学校の中学年の時までは私の思い通りに操作ができた
高学年になってから
自我を出してくる長女が許せず
力を使って押さえつけようとした

私に反抗しつつも
いつも家のことをやってくれていた

私が仕事から帰ってくると
洗濯物は取り込まれ、人別に分けてたたんでくれてあった
お米も研いでくれてあった
お風呂も洗ってくれてあった
掃除機もかけてあった

それで笑顔で「おかえり」と玄関まで走ってきてくれていた

それに対して私は、笑顔を受け取ると
損をするかのように、ぶすっとして
「疲れてるから」を連発してた

きれいになっているリビングをみると
それを出来ていない自分がせめられているかと錯覚し

よけいなことをするな!と怒鳴った
たたんでくれた洗濯物も投げていた

その後、長女が傷ついたのか落ち込んだのか、私は知らない
長女を見ていなかったし、知ろうともしてなかった

妹と弟はその様子をみて育ってきた


私は、長女が思い通りにならないことで、とんでもないひどい娘に仕立て上げた
夫には「おまえの育ってきた環境は普通じゃないんだから自分と同じように考えるな」といわれてた

毎晩、怒号が飛んでいて、近所にはまる聞こえだったと思う
それなのに、夫が帰ってくると急に仲良し母子に変身

自分の中では限界だった
もう、育てられない、施設にいれたい
毎日そんな事ばかり考えていた

そんな時期に兄が亡くなり、私は悲しみに浸れる理由ができた
待ってましたとばかりに、鬱の症状がでてきた

入院した事で長女と接しなくてすむことがうれしかった
これは、精神科の先生にも話してない

それなのに長女はバスに乗ってお見舞いに来てくれた
年頃の子が精神科の閉鎖病棟にくるなんて
勇気がいる事だったと思う


でも、もうかっこつけて隠しててもしかたない
きんたろうさんにもりんりんさんにも見抜かれている事

集団セッションで
「こしたんのうちの子がいちばん危険」といわれてムッとしたけれどその通りだと思う
ムッとしたのは、私の要らないプライドが邪魔をしたから
みんなの前で恥をかかされたと思ったから
そこに、子ども達にひどいことをしたという罪悪感はなかった

罪悪感を持つには
まず、じぶんのうっとりをつかむ事から

まだ、うっとりに入る瞬間がわからず記事がかけない状態



[ 2013/12/26 22:21 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

おじいちゃん

今日、お年玉の準備をしていた時に
子どもの頃のことを思い出しました。

小さい頃、お正月は毎年
母方のおじいちゃんの家に家族でいっていました。

お年玉が楽しみだったんだけど
4つ歳が離れている兄とはもらえる金額が違います。

お年玉袋をもらった瞬間に、兄の中身を確認して
金額が違うと、ふんぞり返って大泣きしていました。
大の字になってぎゃあぎゃあ泣きました。
たぶん、毎年やっていたんじゃないかと^^;

自分の家ではやらない事を
おじいちゃんの家ではやりまくっていました。


おじいちゃんは、無口だし他の家族とも
あまりしゃべらないので、
楽しく遊んだという思い出はないのですが
それでも毎年行っていました。

両親が死んだ後も、高校生になるまで
おじいちゃんに会いに行っていました。


ひとりで行くようになってからは
帰るときは、おじいちゃんが駅まで
送ってくれていました。

道中に商店街を通るのですが、
私の好きなものを何か買ってくれるのが日課になっていました。

100円のお菓子でもいいし、5000円のかばんでも良くて
なにかひとつ、私の好きなものを選ばせてもらってました。

暗い照明の本屋さんで(古本屋だったのかも)
「エルマーと竜」のシリーズを
1冊ずつそろえて買ってもらえた事を思い出しました。


私が高校生になってから
おじいちゃんが長男家族と住むようになり
私は行かなくなりました。


大人になって、長女を妊娠中
同居していた叔父から、おじいちゃんが
亡くなった事を聞きました。

だいぶ前から入院していたそうなのですが
私に「入院している事を知らせるな」と
おじいちゃんがいっていたそうで
私は、その事を知らないままでした。

つわりがひどかったこともあり
兄にお葬式に行く事を止められ出席しませんでした。

その当時、
私は兄の言う事に服従しなければいけないと
思い込んでいて「兄がだめといったから」という
理由をつくって、お葬式に行かない事を選びました。

兄に逆らう事ができず、私の怒りは
おじいちゃんの入院を教えてくれなかった
叔父に向いていきました。

このブログを始めた時に、
嫌いな親戚がいるという記事を書きました。
それが、この叔父夫婦なんですが
今日思い出したことで、少しずつ紐がほどけてきました。


あと何故、おじいちゃんちの居心地がよく、自分をだしていられたのか。

おじいちゃんが私を向いてくれていた事もあるけど
母親もおじいちゃん家では緩んでいたのではないかとも思います。

緩んでる母親をみて、私も緩んでいたような気がします。


[ 2013/12/25 21:07 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

思い出したこと

他の方の記事をよんで
自分自身の昔のことを思い出しました。

小学生の頃、
消費者金融や酒屋さんから返済の催促の電話が来ると
電話に出るのは、私の役割でした。

家に直接くる事もありましたが
これも対応するのは私の役割でした。


対応してくれ


といわれた覚えはないのですが

電話がなったり、チャイムがなったりすると

父親が聞こえてない態度をするのをみて
自分が出なければと思っていたのだろうと思います。


うそをつく事を強制はされていなかったと
思いますが、私はいつも自らうそをついていました。



今は誰もいなくて、私一人ぼっちだ


というようなことを

淡々というのではなくて

演技がかって、私も困ってるんだ

というような大変さをだして対応していました。


そうすると大体は収まっていました。
かわいそうぶりが相手に伝わったのか


大変だねえ


といわれることもありました。

でも私は心の中で


しめしめ
やった、成功した


としか、思っていませんでした。



チャイムがなって

どうしよう、どうしよう と

居間から玄関に行くまで
心臓がばっくんばっくんしていたのに

平気なフリをしてごまかし

で、さらに対応して
自分も困っているフリを演技して

またごまかしていました。



この頃から、
私のウソをつく癖、
演技がかってその状況にひたる癖は

あったんだろうと思います。


あと、電話の音とインターホンの音に
飛び上がるほどビクつく私はここからきているのかも

とも思いました。


しかし、これもビクついているのに
表面上は、何ともないフリを今でもしてます。

[ 2013/12/08 11:15 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

今の状態

ここ1月半、ブログを書く事と見る事から遠ざかっていました。

ブログを自分で書いてアップしておきながら
人に見られる事を怖く感じてしまい
書きたくないと思っている自分がいました。


おとといのGSで、記事を書く宿題をだされ
久しぶりにFC2を開いてメンバーさんたちのブログを読みました。


思ったことや感じた事が書かれてあり
また、テンプレートが変わっていたりと

読んでいて、変化・動きを感じました。

私は、なにも行動していないので変化はありません。
現状維持もできなくて、後退していっているように
自分では感じています。

感じていながら、変化しない方を選択していました。


どうしよう、どうしよう、と


家の中をぐるぐる歩いているだけで
形だけは困っているふりをして

でも、そこから抜け出したくないでいます。
押入れの中で、ずっとうずくまっていたいです。


今、ここに書いている事も


とりあえず、こうやって書いておこう

とか

この状態をアピールしておこう



と思って書いているのではないか
と、自分を疑っている状態です。





[ 2013/12/08 10:25 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

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