両手を広げて

AC回復を目指し、自分らしさを取り戻していく

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キッチン・まとめ


あなここに入って1年目くらいは
叔母の家のキッチンの不潔さや洗い物のやらされ感について、
ボイスや個別で不満を言ってきました
「だから私は洗い物の山をみると不快になる
片付けないと不安になる」

それはまだ中間地点だよ

というりんりんさんの言葉に、そうだろうなあとは分かっていつつも
それを理由にしておきたいのに、という思いがありました

そう思いたい理由が今年に入ってから明らかになってきました

キッチンは、私が母親を思ってうっとり・陶酔できる大切な場所

それをりんりんさんに指摘され、破壊され(と思っている^^;)
そんなはずはないと、いっときは暴走しましたが

大切に持ち続けていたいきれいなキッチンを
叔母の家では、きれいに守ることができなかった
キッチンにこだわる理由は叔母のせいにしておきたい自分がいたんだと思います

私はピカピカにひかるステンレスの輝きが好きで、調理器具はステンレスかアルミで統一
それはただ単に好みの問題だと思っていました
そこに母親とのうっとりに浸っているとは思ってもみなかったのですが

母親と過ごす夕方のキッチンで、窓から西日が入り、ステンレスや水洗がキラキラひかり
その様子を今でも再現したく私はステンレスの調理台をみがいていました
人の存在がない思い出
思い出すのは、母親との会話じゃなくて
ステンレスの輝き、反射、太陽の光
おにぎりをにぎる母親の手

でもそれを頭にイメージするだけで、恍惚とした感覚になる、あったかい気持ちになれる
いやなことに向き合いたくない時に、キッチンに立ってせっせと調理台を拭いて、うっとりしていました

母親がいないから、少ない思い出にしがみついていたのもあるだろうけど
いないことで、好きなようにイメージを作って陶酔を膨らませられたのもありました

十数年前に家を建てた時には、母親との思い出のキッチンと配置を同じように、窓の位置も同じように設置しました
元ダンナに対面式をすすめられたのに、私は頑固に壁付けのI型キッチンにこだわり、母親とのキッチンを再現しました


長年持ち続けていた、キッチンへのこだわりが少しずつ解明されてきています



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[ 2015/04/05 09:00 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

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