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両手を広げて

AC回復を目指し、自分らしさを取り戻していく

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嘘つき


私は、あなここに入ってすぐに
ハンマーセッションを連続で受け、

その時にムカつく言葉を言われ
その中で

こしたんは嘘つき

ってのがいちばん腹ただしかった。
ふざけんな私は嘘なんかついてないしって思ってた。

1年2年経ち、あれは
ホラを吹いているということじゃなく
自分の気持ちに嘘をついていると言っていたのだなと
段々と分かってきた。

でも、嘘つきをやめることと回復の繋がりがイマイチ分からず
なんとなくそのままにしてきていた。

自分は嘘つきなんだと思いつつも、いつどういう時に嘘をつくかを
あまりしっかりと見ようとしていなかったと思う。


産カウで、ロジャースのカウンセラーの3つの条件を習った。

そのひとつの「自己一致」。
私はこれができていない。

自己が一致していない = 嘘つき

自己一致が出来ていなければ、クライエントを見れないと書いてある。
要は、人が見れない。

そんなことは、あなここのセッションでいつも言われていたことなのに
それがどういうことか分かろうとしていなかった。

自分が緩んで自由になることで
自分を分かり、子どもをみれるようになっていく。

いつも、きんたろうさんとりんりんさんが言っていること。


産カウには

自分は何も分かってなくて、嘘つきなのも無自覚だということと
あなここでやっていることは、どこよりも新しくてシンプルで
深〜く一人一人を丁寧に見てくれている
ということを

再確認しに行っているようなものだと思う。

今急いで資格を取らなくてもいいんじゃないかと言われた意味が
なんとなく分かりかけてきて、私も早まったかもと思いはじめてる。

でも、行ったからそう思えたことなので
行かなければ、嘘つきのことを考えもしなかっただろうから

それはそれで収穫なので、良しとして頑張っていこうと思う。



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[ 2015/11/30 23:53 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

内面を見ること

産カウの実習では、知識を色々と学べる。
例を挙げて、その都度の対応を教えてくれる。

そのやり方を忠実に守ろうとすればするほど相手に興味が持てなくなり、見ようとする力がなくなる。



きんたろうさんがセッションの中で

理論じゃない

ということを何度も言ってきてくれたのに

私は
理論って、あって困るものじゃないし
仕組みが分からないから、まず理論から
ってずっと思ってた。

でもきんたろうさんが言う通りのようで

学んで分かるものじゃない、体感して分かるものなんだと思った。

あなここでいう「人をみる」ってことは
産カウでいう「傾聴」で、それを「共感すること」とならう。

その通りなんだろうけど
共感って、しようと思ってできるものじゃない。

話を聴いていてガマンが入らずに
自分と相手を分けながらも自然と入ってくるもの。

相手の伝えたいことが、聴きたいこととして入ってきて
聴いてもらったことで相手が満足できるもの。
それが傾聴であり、人をみること
というのが今現在の私が思っている認識で

自分の感情が分かってこそ、相手の感情が分かり、情景を浮かべながら人をみることができるようになるんだろうと思う。


思い込みを外し自由になることで
自分を分かっていくのなら、そこから。

今いくら傾聴のやり方をならったとて
カウンセラーにはなれても
人をみれるカウンセラーにはなれない。


ということを産カウの面接実習に行ってみて感じた。







[ 2015/11/29 19:47 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

11/9 GSを終えて


≪アイコンタクトの重要性≫

子どもとアイコンタクトを重ねるほど、子どもは良くなっていく。
アイコンタクトができる相手とは信頼関係がある。

親戚の家での生活の中でアイコンタクトをしてきていたか?
してきていないし、目が合っていない。
だからしていない相手を好きになることはない。

私が好きだった人は、アイコンタクトができる義理の母だった。

元旦那がおかしなことをしていると
私と義母でお互いに顔を見合わせてプッと笑う。

子どもがおちゃらけたことをしている時とかも
私たちは顔を見合わせて笑ってた。

義母の家は居心地がよかったし、自分の居場所もあった。
私を家族として見てくれているように感じられていた。

なのに、育児の価値観の違いなどで私はガマンを繰り返し
言いたいことが言えないからと相手に不満を持ち
好きだったと思えない方向に持っていっていた。
これは私が自分の意思でしていたこと。
元旦那に対しても同じことをしてきていたんだと思う。



≪動作の重さ≫

私の動作の重さは、寝起きから始まる。
目が覚めた時に聞こえる子どもの物音に驚き
子どもに声をかけられず息をひそめて寝たふりをする。
布団の中で子どもの動きをうかがっている。

これらのことを
りんりんさんにメールで伝えたことで動作の重さが発覚したけど
伝えなければ私の中では日常の出来事。
動作が重くなっていることには気づかないまま無感覚でいるということ。
無感覚なだけでエネルギーは使っているから
次第に疲労はたまっていく。

最近の体調の悪さは、病気のこともあるだろうけど
オーバーワークと家庭内での無感覚の蓄積の要因も大きいことが分かった。

同時に、どうして自分が子どもの動きにおびえてしまうのか、
声をかけられず息をひそめてしまうのかを見ていこうと思う。



≪相殺≫

自覚のなかったメンバーさんへの八つ当たり。
メールと個別で判明し、本当に怒りたかった相手は別にいたということ。

美容院でカットしてもらった髪型は本当は気に入っていないのに
お店ではニコニコ顔でありがとうございましたといって退店。
帰りの電車の中でスタイリストのお兄さんのカッコよさをツィートし
髪型が気に入らなかったことをなかったことにしようとしていた。

モヤモヤを貯めたまま、ボイスで髪型の話になった時に
メンバーさんの言葉に反応してしまい、怒る相手をそっちに向けた。

ここまで掘り下げても、スタイリストのお兄さんに怒りがでてこないし
カットしてくれた髪型が納得できないいう気持ちがでてこない。

だってお兄さん一生懸命頑張ってたし
カットモデルで無料だったから仕方ない。

そう思っていたけど、こうやって「相殺」しているとのこと。
お兄さんが一生懸命だから言えないのは自分への投影。
一生懸命だった自分、頑張っている自分を認めて欲しい気持ちのあらわれ。
無料だから言えないというのは、卑屈になってしまっている。

髪型が気に入らなかった、いやだったという気持ちを持つのは自由。
いやなことはいや。
そう、私は髪型が気に入らない!

こんな髪型いやだっっ

本当はいやだった ^^;



≪子どもの自立≫

何でも要求を叶えてやってあげようとすることで自立をうばってしまう。
私がやっているのは自己満足。
やってあげることでガマンを重ねていき、そのうちドカンと爆発することの繰り返し。

リビングで寝ていることもそのひとつ。
間取りの関係上、子どもたちに個室を与えてしまえば自分の部屋がないのは当然だし仕方ないと思っていた。
でも同性の姉妹がいるんだから、その子たち二人で部屋を共有させることも出来たはず。
私は自分がガマンする方を選んで子ども全員に個室を与えた。

親戚の家での生活と同じことを自ら選んで繰り返し再現したこと
部屋のなかった自分を投影し子どもたちもそうなったらかわいそうという思いで決めただけのこと

間取りの都合で自分の部屋が持てなかったのは、自分で作った正当性だった。



[ 2015/11/09 08:33 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

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