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両手を広げて

AC回復を目指し、自分らしさを取り戻していく

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友人と会って

今週土日の2日間、産カウの講座があり、静岡市内のホテルに泊まっています。

先ほど、こちらに住んでいる高校時代の友人とご飯を食べに行ってきました。


昔話に花がさき、そのあと
私の叔父が亡くなった話になったとき、


あのおじさん、意地悪な人だったよね~


と友人が言いました。

当時学校で、叔父の家庭でのやり取りを私が普通に話すので
友人が、それはひどいと突っ込んだにも関わらず、私は何とも思ってないようにしていたそうです。


また、関東に住む母方の伯母も最近亡くなったと話すと



ああ、あのおばさんもひどい人だったよねー


と友人が言いました。

私がホテルで働いてた頃、宿泊に来ては、私がお金を払っていたそうで
当時その話を私から普通に聞いた友人が

それはたかられてるんだよ!

と伝えると、私はまた何ともないようにしていたそうです。


友人が言うことに対して私は、
その人たちにもいいところがある、と答えていて

そこに友人は、○○はいい子過ぎて変だと思っていたそうです。


どちらの話も、言われるまで私は忘れていました。
そんなことあったっけかとぼやけていましたが、友人が細かく話してくれ、
自分も思いだし途中から悪口大会になり盛り上がりました。



どちらの親類に対しても、なにかある度に、陶酔に自分から入ろう、入ろうとしていたんだと思います。


自分が30年前にしていたこと、友人に教えてもらいました。
自分の歴史を知ってる友人の存在、ありがたいです。




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[ 2016/09/24 21:27 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

家族で外食

先日、私と子供たちと元旦那とで夕食を食べに行きました。
家から歩いて数分の、次女のバイト先のしゃぶしゃぶ屋さんです。

このメンツで食べるのはかなり久しぶりです。
子どもたちが緊張して居心地悪くないだろうかと考えている時点で、一番緊張していたのは私です。
考えれば、子どもたちの方が、離婚してからも父親と会うことが多かったし、おばあちゃんちで父親と一緒にご飯を食べたりもしてきています。


元旦那は、子どもたちや私の好きそうなものが分かるようで、取り分けたり勧めてくれたりしていました。
一緒に住んでた頃は、こういうマメな部分をうっとうしく思っていた時もありました。
こちらに向けてしてくれることを当たり前に思ったり、またはじゃまに思ったり、
してもらっていることを受け取ることができませんでした。

色々と世話を焼いてくれた元旦那は、みんなと食事ができて嬉しかったと、後でLINEをくれ、人に与えて喜びを得ているところに私との違いを感じました。

食事に連れて行ってやった、好きなものを頼んでやった、
という押し付けはありませんでした。

鍋の出汁も最高で肉もすごい美味しかったです。
もっと早く食べに行けば良かったくらい。
次女はここでまかないを食べてから帰るので帰宅が遅かったんですが、こんだけうまけりゃ食べてから帰りたいと納得。

また、次女が段取りよく注文や片付けをしてくれてた姿を見て、普段バイトしている様子が垣間見れ、社会人らしさを感じました。

元旦那が誘ってくれたことで賑やかで楽しい時間を過ごせました。
食べごごちと居心地がよく、またみんなで食べに行きたいです。




[ 2016/09/22 23:59 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

お葬式

身内のお葬式に行ってきました。
亡くなったことは悲しくありません。
亡くなる前のお見舞いも義理で行ってきました。


無自覚でしたが、住まいを提供してもらっていたことへの恩義を持たなければいけないと
自分に言い聞かせながら行き、出来ることはやろうという気持ちでいたと思います。

現場で頼まれたことに対して、表面上では快く引き受けていましたが
頼まれる内容によっては、なぜ私がやらなければいけないのかと、粗雑に扱われていることに内心はムカムカしていました。

そのムカムカを感じていることは心地悪く、その時に


手伝ってくれてありがとうね

○○がいてくれて助かってるよ


と言われると、ムカムカを感じるより


私は役にたっているんだ

私が手伝うことで、親戚が喜んでいる(ように見える)

と思うことの方が心地よく、より頑張って手伝うことをしていました。


私に手伝いを依頼してくる人は、子どもの時から私が慕っていた人だったので
その人に頼まれると、今まで助けてくれたことを恩返しできるような気になったのもありました。


一生懸命お手伝いをしていたつもりでしたが、
それは私が自分で思っていただけで、親戚側からみたらそうではないようで

私が頑張ったからといって、認められる訳でもなく、家族のようにみてくれるのでもないことが、留守番中に見つけたメモ書きで、はっきりとわかりました。

なのに私は親族に、家族の一員として見てもらいたい気持ちを未だ持っています。


留守番中、台所に柄の長いほうきが立て掛けてあるのを見つけました。

居候していた時、ほうきでいつも掃いて頑張ってる姿をアピールし、居場所を確保してたなあと、うっとりと思いだし
今回も同じことを繰り返していました。


頑張ってみとめられるために、不快を感じるたびにすり替えて受け取ろうとせず
自分が疲れてむなしいお葬式でした。

[ 2016/09/17 08:17 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

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