両手を広げて

AC回復を目指し、自分らしさを取り戻していく

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食べ物を拒否すること


子どもの頃に、いつも料理のダメだしをしている時期がありました。

小学校低学年の時、母親の入院中に家事をしに来てくれた、親戚の女性がいました。

母親の継母、私の祖父の再婚相手の人です。

その人と祖父は、私が生まれる前に離婚していたので、私は面識がありませんでしたが

かつての連れ子が病気になり、少しでもお手伝いをしたいということで来てくれたと、大人になってから聞きました。

その人は我が家に泊まり込み、毎日ごはんを作ってくれたのですが

私は、その人が作ってくれた料理に難癖をつけて、記憶にあるかぎり殆ど食べませんでした。

うちはこういう味付けじゃないんだと、荒い口調で言っていました。


その人なりの思いやりを血のつながりのない孫の私たちにかけてくれたことを、私は拒否していました。
かなりひどいことをいったと思います。


どうしてそんなことをしたんだろうかと

あの時の私は、お母さんを守りたかったのか
それとも、私と母親の大切な場所を犯されたことに抵抗したかったのか

いろんな思いが交差しますが、その人の料理がまずかったからではないと、今なら分かります。



今日の夕食の献立が、子どもにとっては納得出来なかったようで、かなりのダメだしが入りました。

以前にも作ったメニューだったので、献立が嫌というより、嫌なことがあってそれを私にぶつけてるかのように見えましたが

何があったのか話す様子もなく、本人の気持ちも分からずにいます。
本当に料理がいやだったのかもしれません。

料理にダメだしをする言葉の裏に、表現出来ない何かがあるのかも知れないと考えながら

子どもの頃に自分のしていたことを思い出しました。







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[ 2017/04/23 20:28 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

中学前の食生活

小学校のころに、家から少し離れたところに忠実屋というスーパーがありました。


母親が死んでから出来たスーパーなので、家族とは行った思い出はありませんが

父親のお酒を買った帰りや
友達と遊んだ帰りに、御菓子や惣菜を買いによく利用していました。

ある時から友達のお母さんがこのスーパーで働くようになり、私は行きにくくなってしまいました。

その友達が、自分の親から
私と遊ぶんじゃないと言われたと、
私に報告してきたので、自分を嫌っているおばさんに会いたくなかったんです。

こどもながらに
うちは片親だし、素行も悪くてだらしがない、学校も休みがちで、そのおばさんにしたら
つき合いたく子供なんだろうとなと思っていました。
見下されてる感じです。

そのおばさんは、入り口横のカメラの現像やクリーニング受付のサービスカウンターの仕事をしていました。

そこを通らないと中に入れないので、様子を伺い見つからないように走って入って行くようになりました。

タイミングが悪く入れない時は、おばさんが仕事を終わって帰るのを待っていたり
外に売り場の窓口があるお好み焼きを買い
なんとか会わないようにして食べ物を買ってきていました。

また、忠実屋で友達と別れるときに聞く

お腹が空いたから帰ろう、とか
お母さんに怒られるからもう帰るよ

という言葉に
私は自由で良かった、みんなは時間が決められててかわいそうと、当時は思っていましたが

それでも自転車で去っていく友達の姿を見ていてなんとも言えない、もの悲しい気持ちも同時にありました。

さっきまで楽しかったのに、つまんない、と
ひとり取り残されたようでした。


そのうち、駅の近くにコンビニが出来て、忠実屋で食べ物を買うことは無くなりました。

友達のお母さんに会わずに買い物が出来るようになったのに、コンビニでも人に見つからないように隠れて買い物をしていました。

[ 2017/04/22 02:02 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

まずかった

おばの料理はまずかった。

ほんとにまずかった。
味付けがめちゃくちゃ。
おいしいものを作ろうという気が全くない。

家に天ぷら鍋がない。だから揚げ物をしない。
砂糖も酒もみりんもコンソメも中華だしもラー油も何にもない。

しょうゆとあら塩とコショウと味の素と変な無添加のまずい粉末だしだけ。

だから卵焼きが甘くない、しょっぱい味付けだったんだ。

鍋のなかに、カビが生えた味噌汁やカレーがそのまんま。

台拭きは、学校の雑巾くさいにおいで、しぼったままの形で固まっている。

レンジの中にはいつからおいてあるか分からない物体。

そんな中で食べたらまずいもんが倍増されてまずくなる。


作るのだって限界がある。
私が作ってたのは、料理名がつかないようなものばかり。

菜っぱを炒めただけとか、かまぼこを焼いただけとか。

そんな料理、作っても楽しくない。
誰も感謝がなく、美味しいとも言ってくれず。

残されて捨てられて、やる気をなくす。
でも自分が残したら叩かれる。


私と従姉妹が夕食を作ってたのは、
おばが仕事で忙しいからじゃない。

おばは嫌いな料理を私たちに押し付けていただけ。

なのに私は

おばは忙しいから家にあるもので何でも作って食べないと。
好き嫌いが多い自分はわがまま。
いとこたちのように何でも食べれるようにならないと

と、まずいものを文句なく食べるいとこたちを素晴らしいと崇め

好き嫌いのある自分はダメなんだと卑下していった。
何でも食べれるようになろうと味覚も麻痺させていった。


まずいものをまずいと言えない家。

みんな、まずいと思ってないんだろうね。
でも、おいしいという言葉も聞いたことがない。


なんておかしな家。


[ 2017/04/12 01:25 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

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